久村もその妻、志津江も共に名古屋市内の公立高校教師である。4年前、泣きっ面にハチともいえるような事態が起きた。久村が36才、志津江が33才のときである。
その数日前、志津江は中期の食道ガンと診断されていた。担当の医師は志津江に食道ポリープと説明していたが、電話で呼び出された久村に医師は第3期に入った食道ガンですぐ手術しないと数ケ月の余命だろうと宣告した。
志津江はここ最近、食事のときに食べ物が通り難いと訴えることが多くなっていた。
病院を訪れた日には朝食中に嘔吐した。これまで病気らしい病気をしたことがなかった志津江だった。安心のために病院を訪れ良性の食道ポリープと、事実とは違う説明をされた志津江は医師の指示に従って手術を受けることにしたと久村に告げる。久村は悩んだ。今のガン治療は余りにも疑問点が多すぎると友人である川上につねづね聞かされていたからである。自分が知るなかでも検診による初期ガンと称されるものはともかくとして、進行ガンで入院した人間が元気になって退院したという話は聞いたことがない。病院で死亡するか退院させられて間もなく死んだという話ばかりだった。
……志津江をそんな目にあわせてたまるか……! 久村は決断する。川上がよくいっていた別府市の東洋医学療養センターへ入院させることに……